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YOOがインフルエンザと診断されて一週間あまり。

完全復活していて・・・・元気すぎるほど元気である。

新型インフルエンザの話題が毎日のようにメディアで流れ、世間の最大関心事となってますね。
すでにそれが原因で?亡くなった方も数人いるようで、油断ならない事態である。
国の首都から遠く離れたこの地でも例外ではなく、あちこちで学級閉鎖が相次いでいます。

今回、YOOはインフルエンザと診断されましたが、新型かどうかは厳密にはよく分からないそうです。
都会の大きな病院と違って、正確に検査できるキットがないのかな?

おそらく新型だろうとの判断でしたが、幸いYOO以外の家族には感染しませんでした。
我が家も喘息持ちの弟くんがいるので、恐怖におののいていたんですよ。
そこで今回は家族への感染を阻止するため、いろいろとやりました。

1)インフルエンザ君の寝ている部屋には父以外はできるだけ入らない。
2)インフルエンザ君には寝るときもマスクをつけてもらいました。
3)インフルエンザ君の脱いだ服はビニールに入れ、洗濯も家族とは別にする。
4)アルコール消毒スプレーを数個買ってきて、インフルエンザ君に触ったらすぐに消毒をする。
5)インフルエンザ君が触ったもの(ドアノブ、椅子など)は、すぐ消毒。
6)トイレや顔を洗うときはタオルを使わず、ペーパータオルを使い捨て使用する。
7)”置いとくだけで除菌”なる消臭ボトルみたいなやつを各部屋に設置。

これくらいでしょうか。
とにかく手洗いとアルコール消毒は1日に数え切れないくらい、やりました。

その甲斐あってか?なんとか家族への感染は阻止できました。
おまけに弟君は新型インフルエンザワクチンも優先摂取が受けられたので、ひとまず安心です。

それにしても・・・・
「家族にインフルエンザがいる」ということは非常にプレッシャーです。
学校の父兄にはすぐにバレてしまうので、「顔を合わせるのが怖くてスーパーにも行けない」と、
YOO母が嘆いていました。

しかし、さすがにインフルエンザにかかると自閉症児もグッタリと静かになり、その分家族は不思議な平穏があったのも事実です。(本人には悪いけど・・・)
一週間、食事もほとんど摂れなかったので、ちょっと痩せた(笑)。
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銀メダルの余韻も醒めやらぬ明くる日。
よほど疲れたのか、いつもの時間になってもなかなか起きられない様子だった。

「おい、起きろ!」
「学校だぞ!先生にメダルを見せるんだろ?」と呼びかけても反応がない。

布団から出ている顔を見ると・・・「なんか耳が赤いような・・・・?」

「・・・・・・・・・」

「!」

額に手を当ててみると、すごい熱だった。
「ひょっとして、これは・・・」
学校に欠席の連絡をし、念のため父も会社を休んで(最悪のケースを想定した)
病院に連れて行った。

ぐったりしていて、身体が重い様子。
大人でも涙ぐんでしまうくらい痛い鼻粘膜の検査を、騒ぎもせず無表情にこなした。
結果は陽性で一安心・・・と思いきや

「念のため、血液検査もやってみましょう♪」

とのことで、なんとYOOの生涯3回目の注射をすることになった。
ベッドに寝かせ、父と看護士さん2名の3人で押さえてスタンバイ。
針が刺さったときに「ワー!」と声を出しただけで、暴れもせず拍子抜けするくらいあっさり血液を取らせてくれた。

待つ事15分

出ました!インフルエンザ!!

YOOの通っている小学校の同じ学年で、学級閉鎖になっていることを思い出しました。
「あ~~やっぱり・・・・」

予感がずばり的中で、父も出社停止になりましたとさ。
スペシャルオリンピックスの地区大会が開催され、かねてから練習に参加していた水泳競技に出場した。
水泳競技=自由形?、平泳ぎ?、背泳?、バタフライ・・・?

いえいえ、ビート板です。ビート板を使って25メートルをバタ足で泳ぐ・・・という種目ですね。
エントリー者??人中2位で、みごと銀メダルを手にしました。(涙)

朝、起きたときにちょっと微熱があったので、どうしようか迷った挙句、本人のやる気に押され出場することにしました。

予選は素晴らしいスピードで、その組の1位になり親バカとしては決勝でブッチギリの1位を期待せずには居られない状況だったのですが、いざ決勝戦、スタートの合図の笛がなり一斉にスタート!!のはずが、そのときYOOはゴーグルを洗っていた。(笑)

あわててスタートしたが、時すでに遅し。必死の追い上げもわずかに届かず2位。(といっても本人が必死だったかどうかは、よく分からない)

表彰台にあがり銀メダルを首に掛けてもらった彼は淡々として、見ている我々はちょっと拍子抜けの感じ。
少し時間が経って実感がわいたのか、着替えを終えて母親に会うなり「ほら!銀メダル・・」と言って誇らしげに手にかざして見せたのでした。

プラスチック製のオモチャみたいな銀メダル・・・

3年前、「水泳が療育にいいらしい」という言葉に惹かれ、父子で始めたスイミング。
メダルの材質はともあれ銀色に輝くそれは、顔を水につけることから始め、父子で少しづつ少しづつ重ねてきた3年間の努力が結実した、紛れもない銀メダルでした。

これで、ひとまずスイミングは来年の春までお休み。クロールの泳ぎがもう一歩というところまで来ているので、来年は”自由形”で出場できるようにがんばるぞ。
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