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予兆 2006.07.25
メグリア


1歳児検診の時、積み木を積み上げる事が出来ませんでした。

保健婦さんから「もう少し様子を見ましょう」と言われ、

「いきなり落ちこぼれてしまったー(^^)」等と、のんきな事を言っていたものです。

たかが積み木、それが子供の能力や発達を測るツールだと言う事も意に介さないバカな親でした。

4人兄弟の末っ子同士の夫婦には、発達の遅れという事実が何を意味するのか想像する知恵さえありませんでした。

その頃は”自閉症”なんて聞いた事もなかったし「自分の子供が障害を持って生まれる」なんて、現実味のない”遠い世界の出来事”だと思っていました。


初めての子供、家庭を持った喜び、そんな小さな”幸せ”に浸って過ごす内、1歳児検診での結果など頭の片隅に追いやってしまっていたのです。

それでも目の前の子供が時々見せる、その感情の起伏の激しい事と怒った時のえび反りになって癇癪を起こす様子に何となく不安を感じ始めていました。

当時、その後1年も経たない内に絶望のどん底に突き落とされようとは・・・・・・・・・

想像も出来なかった事です。


YOOちゃんが2歳になる頃、長い出向が終わり、それまでとても楽しく、2年間を過ごした愛知県を離れ地元の九州へ帰郷しました。


振り返ると、愛知県豊田市で過ごした2年間は我々夫婦にとって決して忘れられない思い出深い、とても幸せな時間でした。
生まれて初めての土地でたくさんの思い出を築く事が出来ました。

あの当時・・・・・・・・


自閉症という言葉も知らなかった頃・・・・・・・・・・


YOOちゃんは普通の子供で・・・・・・・・・・・・


我々夫婦の間では当時の事を


「YOOちゃんが健常児だった頃」・・・と呼んでいます。



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夏休みです 2006.07.22
今朝、目覚めるとYOO母の怒鳴り声が聞こえません。

「めずらしいな・・・・」

と思って、起きて見ると・・・・・なんとも、のどかな雰囲気。

夏休みだったんですね。

朝から家の中が平和なのは良い事です。


去年の夏休みはYOO母がいなかったので、おばあちゃん家に泊り込み、何度も海に行ったっけ・・・・・・・。

去年買ったゴムボートはまだ使えるかな・・・・。

今年は釣りにも連れて行ってみようかな・・・・・。



夏休みは大変

夏休みは子供がず~っと家に居るのでウザイ。

・・って、どこの母親も良く言いますね。


どうせ普段は小言を言いっぱなし、怒鳴ってばっかりなんだから・・・・・・・・・・・

夏休みくらい優しくしてあげてくださいな。




成長と言葉 2006.07.18
YOOちゃんが生まれて初めて発した言葉は
「ラッキー!」
でした。

YOOちゃんが2歳の頃、家族3人でスーパーに買い物に行ったとき、ちょうどスーパーの入り口の前の駐車スペースが空いたので、運転していた私がおもわず・・・
「ラッキー」
と言ったのです。すると助手席に座っていたYOOちゃんが父を真似て「ラッキー」と言いました。

驚いた私達はもう一度言わせようと何度も何度も「ラッキー」と言い続けましたが、二度とYOOちゃんの声を聞くことはありませんでした。

3歳になってから母子通園の施設に通い始め、加えて月2回、別の施設での言語トレーニングに通うようになり少しずつ単語が出てくるようになったのです。

保育園には3年通い、トラブルは絶えませんでしたが片言の二語文が出るようになった年長さんの頃には他の子供と一緒に居られるようになりました。

その年に、なんと保育園のキャンプに参加し親の元を離れて一泊してきた時は随分と周囲を驚かせたものでした。
(親は心配で一睡も出来ませんでしたが・・・・・・・・・)


最近のYOOちゃんはその日学校でやった事等をたどたどしい言い方ではありますが話して聞かせてくれます。

「おとうさん!」

「今日、KOKI君とYOOちゃんはぁー、自転車、押しました(乗りました)」。
「大きい穴、落ちました」。

ふ~ん、自転車乗ったの?・・・・・・「乗った」。
グランドの穴にはまったんだな、痛くなかった?・・・・・・「痛かった!」

・・と こんな感じです。

思えば・・言葉の発達の節目節目に成長の跡があったような気がします。

名詞を憶え始めた3~4歳の頃
二語文が出始めた5歳の頃
他の子の名前を呼ぶようになった6歳の頃
自分の知ってる言葉で意思を伝え始めた6歳後半

言葉の発達レベルに反比例するようにパニックが減っていきました。

また、言葉が上達してくると、親が子供を叱りつける回数も減ってきますね、親の努力が足りなかった・・と言ってしまえばそれまでですが、”言葉で伝えられる”という事は本人にとっても親にとっても大幅に負担が減る、かけがえの無いものだとつくづく思います。

もちろん、言葉に頼り過ぎると危険だということは肝に銘じていて、大事な事はイラストや絵カードを使って説明をするようにしています。

最近、ちょっとした会話が出来るようになって、「ちょっと親として怠慢じゃないかな」と思う事も増えてきました。
と同時に、まるで健常児を相手にしているように錯覚して、難しい要求を突き付けてしまったり、長々と小言を言ったり・・・・

親も学習して成長しなければなりませんね。



今日もYOO母は分かるはずもない小言を言い続け・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

負けるな、YOOちゃん。

夏です! 蚊の季節です。

蚊に刺された痕を爪で押さえて十文字にした”プラスの鍋ネジ”を身体中に配置してるサイボーグな人はいませんか。

この季節になるとYOOちゃんの手や足は血だらけです。

蚊がぷ~んと飛んで来てチクッと刺してもYOOちゃんは手でパシーンと叩いたりしません。

なすがまま・・・・・・蚊にとっては上客さんです。

結果、ボリボリ掻いて皮膚が裂けて血が出ても掻いています。

かさぶたになって、直りかけると、また痒くなりボリボリ掻いて

血だらけ


これが飛び火したりするんですよね。

昨年の夏は包帯を巻いたり、長ズボンをはかせたりして・・・・

苦労して、やっと治しました。

いろんな薬を試しました。しみる薬をつけるとパニックを起こしたりするのですが、そういう薬こそ痒みには効果があるんです。

でも、一度付けると二度と使わせてくれないので、すぐまた違う薬を買いに走り・・・・・・


何故?蚊を叩けないのか。

笑って見てるだけだったり・・・・?

YOOちゃんの脚はボコボコでした。鍋ネジどころではない!

そして

今年もやっぱり血だらけ。

昨年は父と子2人暮らしの日が多かったので、父が必死にYOOちゃんの治療?をしていました。

YOO母が昨年はどうしたのか?聞いてきたので昨年と同じ作戦を実施して少し回復に向かってきました。

痒みを通り越して痛い筈なのに血が出ても尚掻いてる・・。


ウルサイ蚊をパシーンと仕留めた時の・・・・・・・・・


あの快感をYOOちゃんに伝えたい。


ワールドカップが終わりました。

ブログの更新も忘れてしまう程、のめりこんでいた遥か遠くの国での一大イベント。

終わった後の気だるさは学校を卒業する時の、寂しいような嬉しいような、あの感覚に似て・・・・・。

この1ヶ月間、世界中の人が、同じ興奮と感動を共有したのかと思うと、その事にまた感動しますね。

究極のナショナリズムなのか、集団心理なのか、よく分かりませんが自国チームの”勝った、負けた”が窮屈で感動も薄いいなか街の一職場にも一喜一憂をもたらしてくれました。

自閉症の人達にはワールドカップ等のイベントはどんなふうに映るんでしょう。

国家とか集団とか、仲間やチーム、どう感じてるんでしょうか。

YOOちゃんは学校でも家庭でも一人でいるのが嫌いなので自閉症でも仲間や友達、家族は感じてくれていると信じたいものです。

サッカー日本代表に選ばれた巻選手のご両親の様子がTVで紹介されていました。

息子が代表に選ばれた時のご両親の笑顔、そして息子のユニホームを着て、嬉しそうに応援に向かう姿には羨ましくて涙が出ました。

ワールドカップなんて、我々の暮らしには全くリアリティーのある存在ではないけれど、夢と言うには気恥ずかしい、希望と言うのも少し的外れな不思議な感覚、懐かしい少年の頃の愚直で身勝手な気持ち良さを思い出させてくれました。

スポーツって良いですよね。


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