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クリスマスパーティーの余韻が覚めやらぬ年の暮れ、YOOの大好きなおばあちゃんが亡くなった。

腸閉塞で緊急手術をし、術後の入院から二年半、以後二度と自分の足で立って歩くことは叶わなかった。
やがて座っていることも出来なくなり、この2年は完全に寝たきりの状態だった。

YOOも、ときおり病院に見舞いに行っては、学校であったこと、楽しかったことなどをしきりにおばあちゃんに話して聞かせていた。

最初の頃は「手術をすれば、また元気になる」と期待していたが、長引く入院はおばあちゃんの脚の機能を衰退させ、それ以後みるみる体力が落ちていき腕も手も動かなくなり、やがて心臓も力尽き、YOOをずっと可愛がってくれたおばあちゃんは遠い空の上に昇っていった。

お通夜を終え火葬場の待合室で待つ間、口数が減り顔色も少し悪くなっていた気がしたが、焼却炉から出てきたおばあちゃんのお骨を見るや「気分が悪い」と言って青くなっていた。

入院したての頃「自宅に帰る」と言って周囲を困らせていたおばあちゃん。
遂に願いは叶わず、お骨になって自宅に帰ってきた。

YOOは、おばあちゃんの遺影とお骨が供えられた仏壇の前で、俯いたまま何時間も座っている。

小さい頃、毎週のように遊びに来ていたおばあちゃん家。
会った事もないおじいちゃんの遺影に向かい、線香をあげていた。

しかし、今回は二日前まで生きていたおばあちゃん。
小さい頃から可愛がってくれたおばあちゃんの死を目の当たりにして、YOOは線香を炊く意味を理解したのだろう。
冬休みの楽しい計画は、ことごとく失われていったが、取り乱すこともなく不思議なほど受け入れてくれた。

そして、硬い表情のまま、おばあちゃんの遺影を見つめていた。

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YOOがこの春から通い始めた特別支援学校の運動会が行われた。

YOO母は朝5時に起きて弁当造り。
父も6時には起きて、車の掃除と下の子の世話をしたり。

少々遠いので、眠い目をこすりながら6時半には出発した。

学校に着くと受付で運動会のプログラムをもらった。
後で分かったことだが、このときもらった運動会のプログラムの表紙にはYOOが描いた
イラストが載っていた。
同じ絵が運動会の告知ポスターにも載せられていたとの事。
ずいぶん張り切ったものだ。

実を言うと運動会にそれほど期待するものはなく「応援団をやります」と言っていたので、
それを目当てに見学に行ったのだが、「なかなかどうして・・」と言うか、運動会そのものを
存分に楽しむことができた。

小学生の種目では、同じような障害を持った子供の姿に、さりし日のわが子を重ね
「あ~YOOもこうだったな」とか、「やっぱり、そうだよね~」と感慨にふける。

走ること、競争することの意味が理解できていないので、「何かをやらされている」
という感じが、とても懐かしく思えた。

中学、高等部の連中はというと、誰もかれも一生懸命で、そしてみんな笑顔で
ほんと~に笑顔で運動会を楽しんでいた。
彼らの笑顔に、見ているこちらもつられて笑顔になってしまう、そんな運動会だった。

支援学校の運動会を観るのは、今回が初めてだったが、笑いあり、努力の姿あり
で、こんなに楽しめた運動会は初めてだった。

肝心のYOOは、張り切りすぎて気持ちが空振りしている様子が爆笑を誘っていたが
親としては冷や汗もののハイテンションだった。

正直言うと、いままで学校の運動会を観ていて楽しかった印象は少ない気がする。
昨今、「運動会での組み体操で負傷する者が多い」ということが問題視されているが
組み体操だけでなく、「運動会そのもののありかた」について、議論が必要ではなかろうか

現在の、学校で行われている運動会は児童、生徒たちにとって楽しいものなんだろうか。
やらされ感に満ちた、笑顔のない運動会をたくさん観てきた気がする。
これからも、それが延々と繰り返されるんだろうか。

運動会をそつなくやるために、先生も生徒も無理を強いられているんだとしたら、不幸なことだ。
支援学校の運動会を観て、「運動会とは、こうあるべき」というか、運動会の原点を
観たような、そんな気がした。
初の授業参観 2014.04.28
支援学校の入学式から3週間が過ぎ、始めての授業参観。
下の子の家庭訪問と重なったため母は行けず、代わりに父が行くことになった。

母が行かないことに少々不満だったようで、
「お父さんが行くから・・」と伝えると、
「・・ハイ」と気のない返事。

当日、歓迎されないとは知りつつも、朝早くから車を飛ばして授業が始まる
5分前に着いた。

教室に入ると、まだ教室はガヤガヤしていて席についている生徒は半分しかおらず
肝心のYOOの姿も見えなかった。
生徒たちが一人また一人と席に付き始めてもなおYOOは現れず、廊下に出てみたところで
バッタリ会った。

父の顔を見るや「お腹が痛いんですう~」と訴えるYOO
「大丈夫か?」と問うと
「大丈夫じゃないよ」と憮然とした表情
どうやらお腹が痛くてずっとトイレにいたらしい。

教室に入るなり担任の先生に腹痛を訴え、ホームルームの時間に保健室に行かせてもらい
薬をもらって飲んだ。
心配だったが、薬を飲んでからは体調も回復してきたようで曇っていた表情も普段の様子に。

支援学校では作業学習が主で、木工や陶芸、園芸といった作業を通して「働く力を身につける」
授業が行われる。
作業学習はずっと同じことをやるのではなく、進級するとまた違うことをやるらしい。

YOOはとりあえず木工を希望したようで、授業参観のこの日は木製ベンチの板を電気ドリル
を使ってねじ締めする作業をしていた。
巨漢のYOOと、この日のパートナーであるダウン症の小さい女の子が一緒に作業している
様子は、まるで兄妹のようで微笑ましい光景だった。

家では見たこともない、集中して作業するその姿に成長を感じて、うれしいのと同時に
学校や他の生徒たちとも馴染んでいて、取り乱すことなくその場に適応していることに驚いた。

初めての支援学校、初めての土地、家を出て児童施設での集団生活と、初めてづくしの大きな
大きな環境の変化。

「いったいどうなるんだろう・・」と気をもんでいた。

不安や不満を周囲に当り散らし、叫び声をあげてガラスを割ったり、学校を抜け出したりしないかと
心配していたが、これまでのところ、まったくそんな様子はなく見事に順応している。

担任の先生に聞いても「今のところ非常にスムーズにきています、あっけないくらい」
との事だった。

親の心配をよそに、確実に成長している息子の姿に安堵して授業参観は終わった。

YOOも、もう高校生。
いつまでも、かんしゃく小僧じゃないよね。
本当はお母さんに授業参観に来てもらいたかったかもしれないけど
がんばってる姿はお父さんにも分かったよ。

これからも「がんばれYOOちゃん」だ。
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