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予兆 2006.07.25
メグリア


1歳児検診の時、積み木を積み上げる事が出来ませんでした。

保健婦さんから「もう少し様子を見ましょう」と言われ、

「いきなり落ちこぼれてしまったー(^^)」等と、のんきな事を言っていたものです。

たかが積み木、それが子供の能力や発達を測るツールだと言う事も意に介さないバカな親でした。

4人兄弟の末っ子同士の夫婦には、発達の遅れという事実が何を意味するのか想像する知恵さえありませんでした。

その頃は”自閉症”なんて聞いた事もなかったし「自分の子供が障害を持って生まれる」なんて、現実味のない”遠い世界の出来事”だと思っていました。


初めての子供、家庭を持った喜び、そんな小さな”幸せ”に浸って過ごす内、1歳児検診での結果など頭の片隅に追いやってしまっていたのです。

それでも目の前の子供が時々見せる、その感情の起伏の激しい事と怒った時のえび反りになって癇癪を起こす様子に何となく不安を感じ始めていました。

当時、その後1年も経たない内に絶望のどん底に突き落とされようとは・・・・・・・・・

想像も出来なかった事です。


YOOちゃんが2歳になる頃、長い出向が終わり、それまでとても楽しく、2年間を過ごした愛知県を離れ地元の九州へ帰郷しました。


振り返ると、愛知県豊田市で過ごした2年間は我々夫婦にとって決して忘れられない思い出深い、とても幸せな時間でした。
生まれて初めての土地でたくさんの思い出を築く事が出来ました。

あの当時・・・・・・・・


自閉症という言葉も知らなかった頃・・・・・・・・・・


YOOちゃんは普通の子供で・・・・・・・・・・・・


我々夫婦の間では当時の事を


「YOOちゃんが健常児だった頃」・・・と呼んでいます。



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誕生の日 2006.04.19
「●●病院です、ご主人、今何処にいるんですか!?」
「お腹の子の状態が良くないので直ぐ病院に来てください!」

嫁さんが入院している病院の知らせに急いで駆け付けた。

「羊水がなくなって、お子さんが危険な状態です」
「手術になります、同意書にサインしてください」

血の気の引く思いでサインを済ませ、診察室へ向かう。

「ちょうど今、検査が終わったところ」と笑顔で言う嫁さんを見て我に返った。
2,3会話の後、嫁さんは手術室へ・・・。

どれくらい待っていたのか覚えていません、長かったような、短かったような、廊下の突き当たりにある手術室の前は、2階と4階に続く階段の踊り場のような場所にありベンチも無く、私は階段に座って目の前を通る人達の怪訝な視線に耐えながら、手術が終わるのを待っていました。

こんな時、世間のダンナさんたちはどんなことを考えるんでしょう?

五体満足で出てきてくれよ!と願ったり、手術は痛いんだろうか?とか、名前は?なんて事を考えながら待つのかな?

「せめてベンチくらいあれば良いのに」との思いに思考の殆どを支配されながら時間を過ごす内、どこからか赤ちゃんの泣き声が聞こえてきた。

まもなく手術室から看護師さんが出てきて

「元気な男の子ですよ、聞こえるでしょ?ほら!」
「あ、この声がそうですか?」
「ええ、おめでとうございます」・・と言って彼女が立ち去ると、今か今かとワクワクしながら手術室から嫁さんが出てくるのを待った。

30分位経った頃、手術室から別の看護師さんが出てきて、その腕に抱いた赤ちゃんの顔を見せてくれた。

・・・・・・そして、お約束の・・・・

「パパでちゅよー♪」

・・

これが、我が家の王様の記念すべき誕生の日でした。
工場のような 2006.04.19
YOOが生まれた病院は愛知県の豊田市にあり、5階建ての結構大きな病院で、毎日たくさんの赤ちゃんが生まれていました。・・・・・・・・・・・・・・・あたりまえですね

YOOが生まれた日も、他に何人も生まれていて、新生児室のガラス越しに見たたくさんの赤ちゃんの中で、ひときわ大きな声で泣いていたのがYOOでした。

初めての我が子の姿に”感激”・・・・というのではなく、ほとんどの父親がそうだと思いますが ”ふーん、これが自分の子か、サルみたいだな♪”・・こんな感じで見ていました。

父親なんて、そんなもんでしょ。・・・何か特別な事情がない限りは

でも、新生児室のガラスごしに子供の顔を見ていると、なぜかそこから離れる気にならなかったのを憶えています。

病院のエレベータに乗ると、5、6人の赤ちゃんを台車に乗せて運んでいるのによく出くわしました。”台車”、”運ぶ”という表現が適切かどうかはさておき、(この光景はかなりショックでした)さながら”赤ん坊を製造している工場のようだ”とよく言ったものです。

幸いなことに嫁さんの術後の経過も良く、”普通”に退院の日を迎えたのでした。
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