上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
クリスマスパーティーの余韻が覚めやらぬ年の暮れ、YOOの大好きなおばあちゃんが亡くなった。

腸閉塞で緊急手術をし、術後の入院から二年半、以後二度と自分の足で立って歩くことは叶わなかった。
やがて座っていることも出来なくなり、この2年は完全に寝たきりの状態だった。

YOOも、ときおり病院に見舞いに行っては、学校であったこと、楽しかったことなどをしきりにおばあちゃんに話して聞かせていた。

最初の頃は「手術をすれば、また元気になる」と期待していたが、長引く入院はおばあちゃんの脚の機能を衰退させ、それ以後みるみる体力が落ちていき腕も手も動かなくなり、やがて心臓も力尽き、YOOをずっと可愛がってくれたおばあちゃんは遠い空の上に昇っていった。

お通夜を終え火葬場の待合室で待つ間、口数が減り顔色も少し悪くなっていた気がしたが、焼却炉から出てきたおばあちゃんのお骨を見るや「気分が悪い」と言って青くなっていた。

入院したての頃「自宅に帰る」と言って周囲を困らせていたおばあちゃん。
遂に願いは叶わず、お骨になって自宅に帰ってきた。

YOOは、おばあちゃんの遺影とお骨が供えられた仏壇の前で、俯いたまま何時間も座っている。

小さい頃、毎週のように遊びに来ていたおばあちゃん家。
会った事もないおじいちゃんの遺影に向かい、線香をあげていた。

しかし、今回は二日前まで生きていたおばあちゃん。
小さい頃から可愛がってくれたおばあちゃんの死を目の当たりにして、YOOは線香を炊く意味を理解したのだろう。
冬休みの楽しい計画は、ことごとく失われていったが、取り乱すこともなく不思議なほど受け入れてくれた。

そして、硬い表情のまま、おばあちゃんの遺影を見つめていた。

スポンサーサイト
長崎県佐世保市で起きた高校1年生女子による同級生殺害事件。
16歳の少女が起こした事件としては、あまりに衝撃的だった。

一個人のブログで語るべき事件でないのは重々承知しているが、おそらく発達障害をもつ加害少女が今後どのように扱われていくのか気になって仕方ない。


高校1年生の少女が同級生の女の子を殺害・解体するという凄惨な事件が起きて二週間が経ち、女子生徒の精神鑑定のための鑑定留置が行われることが決まった。


少女を知る人の話では、少女には幼少期から感情の起伏の激しさや異常な行動が見られたという。

亡くなった症状の母親は生前「親でも想像できないいたずらをし、その度が最近、超えていて困っている。人にいたずらを見せて喜ぶようなところがある。私の前ではおとなしくしていたが、お友達にひどいことをしても、『それみたことか』と逆なでするようなことを平気で言う。うちの子は人の気持ちがまったく理解できないみたい」
と話していたという。


少女は幼少期から他者への共感性を著しく欠いていた。「友達もほとんどいなかった」との証言もあることから少女は幼少期から他者とのコミュニケーションに難を抱えていた。情緒面に発達障害を抱えていることは明らかだったと思う。

だが、母親は少女の知能の高さゆえか、体面を気にするあまりか、どこか「他の子と違う」と心に引っかかっていながらも、専門機関に相談することもなく「普通の子」として育ててきたのだろう。

実際、アスペルガー症候群・高機能自閉症など知能に遅れのない発達障害の場合、それと気づかず”普通に”育ててしまう親は多いという。

大抵は親の親類、兄弟・姉妹や友人からの助言によって専門機関に相談したり、児童精神化医の診察を経て療育にいたる。
療育によって他者とのかかわり方や感情表現などを学んでいく。障害が完治するわけではないが一定のソーシャルスキルを身につけることは可能だ。

加害少女の父親は、「地元で知らぬ人はいない」と言うほどの有名人だった。都内の有名私大卒を卒業後、佐世保市で弁護士をしている。スピードスケートの選手としても活躍し、国体にも毎年のように出場していた。女子生徒も同じ競技に親しみ、女子生徒と同じ高校から父親と同じ私大に進んだ兄も選手として活動、母親はこの競技の連盟会長を務めていた。

「地元の名士」「地元の有力者」といった家庭環境が、他者からの助言を受けられない状況をつくっていたのだとしたら親の因果が子に災いしたと言わざるを得ない。

子供の親にとって我が子を「障害者と認めること」は辛い作業である。医師から宣告されても受け入れられない親は多い。地域社会で君臨していた少女の両親にとって、少女を障害者として認めることは、ありえないことだったかもしれない。

少女は「感情の起伏が激しい」「男子にも殴りかかる」「頭が良すぎて特殊な子」と見られていた。
小学校の頃から小動物への虐待も目撃されていた。
憶測だが母親自身も少女から暴力を振るわれたこともあったはず。少女の両親が子供の異常を受け入れ、勇気をもって少女を早期から専門機関にゆだね、それ相応の療育を受けさせていたなら、結果は違っていただろう。


少女は小学校での事件以来、スクールカウンセラーや教師たちによって見守りが続けられていた。
この事実からも「普通の子ではない」というのは明らかだったのだ。

父親は金属バットで殴られ医者に見せるまで、小動物を解体していることも知らなかったという。
小学校のときから異常な行動を見せていたにもかかわらず、「子供に無関心で放置していた」とのそしりは免れない面はあると思う。

少女が「文武両道で多才だった」のは母親の指示・影響によるものだと思われる。
母親の死後、少女の様子が激変したというのは、何をして良いのか悪いのか分からなくなったのではないか。

ある意味母親の死によって少女は抑圧から解放されたのだ。
開放された少女の行動は一気に内に溜め込んだ猟奇的興味に向かった。
もちろん少女に”猟奇的”という感覚はないだろうが。

少女は母親の死によって「したいことが出来るようになった」のではなかろうか。

少女が父親を金属バットで殴り殺そうとしたのは、恐らく過去の父親の言動に対する怒りが、”フラッシュバック”して行動に及んだのだと思う。類似の障害を持つ者に特有の行動である。
周りから見れば「なんでその程度のことで」というほどの些細なことが理由だろう。

少女は自分のかねてより興味を抱いていた「人を殺してみたい」衝動に走った。
少女の興味(嗜好と言っても良い)は人体解剖だったのだ。
ただ、それだけのこと。

仮に今回の事件が回避できたとしても、いずれ少女は殺人に及んだだろう。

そのときの被害者は父親あるいは継母、あるいは兄だったかもしれない。
週末を家で過ごし、児童学園に戻ったYOO。

「おかえり~」
と出迎える職員や他の子供たちに
「ただいまー」と機嫌よく挨拶をする。

一人の少年が、皆と同じように 「おかえり~」と言ったが無視するYOO。
「おかえり~」、再び「おかえり~」

「おかえり~」「おかえり~」「おかえり~」「おかえり~」「おかえり~」「おかえり~」・・・
返事をするまでマシンガンのように問いかける少年

根負けしたのか「ただいま」と小声で返事をすると
「何したの?」(帰省中に何してたのか・・という意味)

「何したの?」「何したの?」「何したの?」「何したの?」「何したの?」「何したの?」・・・・

無視するYOO。

「何したの?」「何したの?」「何したの?」「何したの?」「何したの?」「何したの?」・・・・
と連打を浴びせる少年。

仕方なく・・といった様子で
「ゲーム」
とぶっきらぼうに答えるYOO

これまたやっぱり、「なんのゲーム?」「なんのゲーム?」・・・・・・・・・・・・・・・

「マリオと・・」と言いかけて口をつぐんだYOOだったが、

「マリオと?」「マリオと?」「マリオと?」「マリオと?」「マリオと?」「マリオと?」・・・・・・・

みるみる不機嫌な表情に変わっていくYOOの様子にハラハラしながら見ている母

「マリオと?」「マリオと?」「マリオと?」「マリオと?」「マリオと?」「マリオと?」・・・・・・・

マリオとマリオとマリオだよ!(怒

とついに爆発、爆笑する父母。

ここで、その場から脱出したYOO。小声で母に話しかけた
「あいつ、うるさいんだよ」

「お前も同じだろ」と心の中でつぶやく父、母

面白い光景だった。
笑いすぎて涙目になりながら今までの認識(推測)が間違っていたことに気がついた。

同じ事を何度も繰り返し言う傾向はYOOにもあって、それは自閉の二次障害としての言語チック
であろうと思う。
そういった傾向の人は、自分の繰り返し行動そのことに気がつかず、他の者の同種の行動
にも気がつかないと思っていた。

つまり、同じことを繰り返す傾向の人は、繰り返しているということが分からない・・と思っていた
だから、繰り返し同じ事を聞かれても「ウザイ」とか「しつこい」という感情は抱かないはずだと・・

ところが、今回の事件?で私の勝手な推測がまったく違っていたことを知った。
まさに目からウロコだったのだ

自分も同じ事を繰り返し言うくせに、自分が同じ事をされると「ウザイ」と思うものなのだ。
そういえば、最近のYOOは以前ほど同じ事をしつこく繰り返し聞いたりすることが少なくなった。

いままでYOOは、自分と同じ傾向の子が周りにいなかったので同じ事を繰り返し聞かれた人の
気持ちが分からなかったのだろう。
児童学園に入所して、自分よりもっとスーパーな子に出会い、そのことを知ったに違いない。

障害のある子供たちの集団生活の中で、自身の行動の奇妙さ?を認識し自身の行動を変えた
YOOに成長を感じながら、身をもってそのことをYOOに教えてくれた少年に感謝である。

あの少年は我が家族にとって”偉大な師”だったが、YOOはまるで自分を見るような、あの少年が
キライなようで極力接触しないように避けているらしい。

ま、そのての子は避けてもガンガン攻めこんでくるけどね。

YOOがこの春から通い始めた特別支援学校の運動会が行われた。

YOO母は朝5時に起きて弁当造り。
父も6時には起きて、車の掃除と下の子の世話をしたり。

少々遠いので、眠い目をこすりながら6時半には出発した。

学校に着くと受付で運動会のプログラムをもらった。
後で分かったことだが、このときもらった運動会のプログラムの表紙にはYOOが描いた
イラストが載っていた。
同じ絵が運動会の告知ポスターにも載せられていたとの事。
ずいぶん張り切ったものだ。

実を言うと運動会にそれほど期待するものはなく「応援団をやります」と言っていたので、
それを目当てに見学に行ったのだが、「なかなかどうして・・」と言うか、運動会そのものを
存分に楽しむことができた。

小学生の種目では、同じような障害を持った子供の姿に、さりし日のわが子を重ね
「あ~YOOもこうだったな」とか、「やっぱり、そうだよね~」と感慨にふける。

走ること、競争することの意味が理解できていないので、「何かをやらされている」
という感じが、とても懐かしく思えた。

中学、高等部の連中はというと、誰もかれも一生懸命で、そしてみんな笑顔で
ほんと~に笑顔で運動会を楽しんでいた。
彼らの笑顔に、見ているこちらもつられて笑顔になってしまう、そんな運動会だった。

支援学校の運動会を観るのは、今回が初めてだったが、笑いあり、努力の姿あり
で、こんなに楽しめた運動会は初めてだった。

肝心のYOOは、張り切りすぎて気持ちが空振りしている様子が爆笑を誘っていたが
親としては冷や汗もののハイテンションだった。

正直言うと、いままで学校の運動会を観ていて楽しかった印象は少ない気がする。
昨今、「運動会での組み体操で負傷する者が多い」ということが問題視されているが
組み体操だけでなく、「運動会そのもののありかた」について、議論が必要ではなかろうか

現在の、学校で行われている運動会は児童、生徒たちにとって楽しいものなんだろうか。
やらされ感に満ちた、笑顔のない運動会をたくさん観てきた気がする。
これからも、それが延々と繰り返されるんだろうか。

運動会をそつなくやるために、先生も生徒も無理を強いられているんだとしたら、不幸なことだ。
支援学校の運動会を観て、「運動会とは、こうあるべき」というか、運動会の原点を
観たような、そんな気がした。
初の授業参観 2014.04.28
支援学校の入学式から3週間が過ぎ、始めての授業参観。
下の子の家庭訪問と重なったため母は行けず、代わりに父が行くことになった。

母が行かないことに少々不満だったようで、
「お父さんが行くから・・」と伝えると、
「・・ハイ」と気のない返事。

当日、歓迎されないとは知りつつも、朝早くから車を飛ばして授業が始まる
5分前に着いた。

教室に入ると、まだ教室はガヤガヤしていて席についている生徒は半分しかおらず
肝心のYOOの姿も見えなかった。
生徒たちが一人また一人と席に付き始めてもなおYOOは現れず、廊下に出てみたところで
バッタリ会った。

父の顔を見るや「お腹が痛いんですう~」と訴えるYOO
「大丈夫か?」と問うと
「大丈夫じゃないよ」と憮然とした表情
どうやらお腹が痛くてずっとトイレにいたらしい。

教室に入るなり担任の先生に腹痛を訴え、ホームルームの時間に保健室に行かせてもらい
薬をもらって飲んだ。
心配だったが、薬を飲んでからは体調も回復してきたようで曇っていた表情も普段の様子に。

支援学校では作業学習が主で、木工や陶芸、園芸といった作業を通して「働く力を身につける」
授業が行われる。
作業学習はずっと同じことをやるのではなく、進級するとまた違うことをやるらしい。

YOOはとりあえず木工を希望したようで、授業参観のこの日は木製ベンチの板を電気ドリル
を使ってねじ締めする作業をしていた。
巨漢のYOOと、この日のパートナーであるダウン症の小さい女の子が一緒に作業している
様子は、まるで兄妹のようで微笑ましい光景だった。

家では見たこともない、集中して作業するその姿に成長を感じて、うれしいのと同時に
学校や他の生徒たちとも馴染んでいて、取り乱すことなくその場に適応していることに驚いた。

初めての支援学校、初めての土地、家を出て児童施設での集団生活と、初めてづくしの大きな
大きな環境の変化。

「いったいどうなるんだろう・・」と気をもんでいた。

不安や不満を周囲に当り散らし、叫び声をあげてガラスを割ったり、学校を抜け出したりしないかと
心配していたが、これまでのところ、まったくそんな様子はなく見事に順応している。

担任の先生に聞いても「今のところ非常にスムーズにきています、あっけないくらい」
との事だった。

親の心配をよそに、確実に成長している息子の姿に安堵して授業参観は終わった。

YOOも、もう高校生。
いつまでも、かんしゃく小僧じゃないよね。
本当はお母さんに授業参観に来てもらいたかったかもしれないけど
がんばってる姿はお父さんにも分かったよ。

これからも「がんばれYOOちゃん」だ。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。